選ぶなら マイセン・御所車花模様・352110 クリーマー・763-ミルクポット


サイズ:高さ9cm
素材:陶磁器
※モニターの発色の具合によって実際のものと色が異なる場合があります。

「御所車」
平安時代の高貴な身分の方の乗り物を「牛車」という。別名「御所車」ともいう。
「牛車」は奈良時代に皇族だけの乗り物だった。段々皇族だけでなく一般貴族も使うようになり身分によって御所車の様式も色々段階が有った。
平安の世に牛車に乗った女性たちは十二単の装束を車の簾からのぞかせて「出衣」の艶やかないでたちを競っていた。
「出衣」
正月七日「白馬(あおうま)の節会」を見物する牛車の中に、濃い紅色の衣装を簾から出衣している車があった。
牛車の身分様式と衣冠束帯による衣の色が身分違いであるのを検非違使が見つけた。
検非違使は すぐに車に近寄り身分違いの禁色を着ている女性(にょしょう)を咎めました。
女性は返歌して言うには
大空に照る日の色をいさめても 天の下にはたれかすむべき 
を聞いた検非違使はその才覚に合った位の衣装と 粋に計らいお咎めなくその場を離れました。
応仁の乱以降は 御所の儀式だけに使われた。
江戸時代の小袖や能装束にも「源氏物語」を象徴するモチーフとして使われていたことから別名「源氏車」とも呼ばれる。
同様に御所車の車輪だけを文様としているものも「源氏車」と呼ぶ。

「玉子(卵)」のこと。おでんの隠語等
御所車は昔の帝が乗っていた物で、玉子の黄身を「大君」に掛けた物。
「君(黄身)を護る。中に君がござる」という駄洒落。

俺とお前は 卵の仲よ 俺が白身で黄身(君)を抱く

ケンドラー原作 ノイエ・アウスシュニット型

アウグスト強襲王は 余白の美が素晴らしい 柿右衛門 を最高作と絶賛されておりました。
シノワズリの細密画を 得意としておりました ヘロルトは 王の好む シャポネズリ・柿右衛門写し(ロイヤルクラウンダービーの伊万里金襴手と共に 欧州二大ジャポネズリ)にも 多くの銘作を 残しました。偉大なマンネリズムを標榜する マイセンは 現代まで延々と 踏襲しております。

更によく調べますと インドの花を アールヌーボー期に 表現したものです。
マイセンでは 既に インドの花は 柿右衛門に分類(ジャポネズリ451110)し直しておきながら あえて また シノワズリ分類(352110)に戻しております。
日本では この分類を 知ってか知らいでか ジャポネズリ風の御所車花模様と命名しております。
352110も 451110も 同じ アールヌーボー期の作と思われますので 352110の作者は 意図的に間違えております。
アウグスト強襲王や 天才ヘロルトに敬意を表してか 敢えて間違いに与しております。
作者の意図が那辺に有れ やはり 柿右衛門に 端を発するなら ジャポネズリになるでしょう。
 ここに再訂正します。2015.04.28.

3人の天才ヨハン-5
 1人目はヨハン・フリードリヒ・ベトガー(欧州磁器の父)
錬金術師にて ヨーロッパに 東洋の白磁を もたらした天才です。
 2人目は ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト,天才絵付師です。 
3人目は ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー,天才造形師です。

時の流れは 変われども(バロック,ロココ,ユーゲント・シュティル,ネオクラシック,エンパイア,ビーダーマイイヤ,ア ールヌーボー,アーツ&クラフツ,アールデコ) マイセンに対する 尊敬と その高い地位は  変わることが ありませんでした。
栄えあるマイセンに 3人は 今もなお 生き続けているのです。

1817 緑色の染付顔料 酸化クロム発明
1827 グランツゴールド 金彩を完成 H・G・キューン
1833ごろから 銅版転写染付・印判手
1839 焼成燃料に 石炭
1852 虹色のシラー彩(ラスター) H・G・キューン
1853 蒸気機関 採用
1860~1865 新トリービッシュタール工場へ移転

18世紀、中国人により編み出された泥彩画技法が 1850年頃、ヨーロッパに伝わり 1860年代にマリク・ルイ・ソロンによってセーヴルでも確立した 此の世のものとは思えぬほど 美しいパテ・シュール・パテ技法を 1873年ウィーン博覧会で目の当たりにした ハインツェ博士は 大いなる刺激を受け 永い研鑽の末 1878年にマイセンも会得。 
これは 当時 セーヴルの後塵を 拝し出していた マイセンにとって 一大事件でもありました。

(余談ですが パテ・シュール・パテ技法をセーヴル時代のルイ・ソロンの創作と思っておられる方がプロ?でも殆どなので その間違いを手短に説明します。
殆どの業者さんが 仏ブルボン王朝の放蕩王ルイ15世が 寵姫ポンパドール夫人の美の追求に湯水のごとく大枚をつぎ込み 美の権化と詠われたセーヴルの名声にあやかり あたかもセーヴル在籍のルイ・ソロンがパテ・シュール・パテ技法を創作したかに箔付けをして高価を詠います。
実際は セーブル窯パテ・シュール・パテ妖精図蓋付飾壺をご覧になればお判りのように 元祖 中国泥彩とほとんど変わりません。
マイセン・翠の月 パテ・シュール・パテをご覧になればお判りのように 発展開花は20世紀になってからです。セーヴルに追い抜かれた恐怖からとはいえ マイセンのハインツェ博士でも
 セーヴルを過大視されたほどですから 無知な業者にあっては 無理からぬ思い込みかもしれません。
洋食器愛好家には 高価を詠う宣伝にまやかされず 美術品を正しく理解してもらうために 中傷誹謗の恐れを 敢えて言わせてもらいます。
  染付 粉彩 雑彩 剔花 泥彩画etc.まだまだ 中国は実に懐深い。
セーブルがパテ・シュール・パテ技法を創作といったかどうかは知りませんが マイセンのハインツェ博士も  セーブルの創作と思って 後塵を拝している決定的一大事件と思い 約10年間の研究の末 パテ・シュール・パテ技法を習得し セーヴルに追いついたとマイセンあげて喜びました。

ミントンは 大陸の王立窯 特にフランスのセーヴルから 工芸家を招聘して 腕に磨きをかけておりました。
工場内では 英語に引けを取らないぐらいフランス語が飛び交っておりました。
1871年 ルイ・ソロン(18世紀、中国人により編み出された泥彩画技法が 1850年頃、ヨーロッパに伝わり 1860年代にマリク・ルイ・ソロンによってセーヴルでも確立したパテ・シュール・パテ技法)を招聘して 美しいパテ・シュール・パテ技法を マイセンに先駆けて 自家薬籠中のものにして 更に 世界の王侯貴族をうならす 貴族趣味の芸術品をものにした 「パテ・シュール・パテのミントン」の名声は セーヴルを 出し抜くほどでした。)

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2016年08月16日20:32

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2016年08月05日07:05
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